42『ジルヴァルトの望み』



 我ら二人は誓おう。

 この場にて決着をつけることを。

 勝負が決まらぬ内はこの場を決して離れないことを。

 観る者達を退屈させぬ闘いをすることを。

 そして、お互いに最後に立つのが自分であることを。

 ここ、ファトルエル大決闘場に誓おう。

〜大決闘場に刻まれた碑文より〜



 ファトルエルの北門を“マスター・スコーピオン”コーダに任せたカーエス達は北通りをひたすら南へと走っていた。
 大通りにもいくらかクリーチャー達はいたが、さっきまでその数十倍もの数を相手にして来た彼らの敵ではない。
 彼らは第一決闘場に通じる道が別れているところまで来ると、初めて立ち止まった。

「戦力は各決闘場で五等分しよう、カーエス=ルジュリス」
「おう」

 名を呼ばれたカーエスが返事をする。

「貴様には大決闘場を任せる」
「フィリーは?」
「一緒に頼む」

 フィラレスがこくんと頷いた。
 ジェシカも頷き返しクリンとクランの方に向き返る。

「クリン、クラン両氏には第四と第三をお願いしよう」
「ああ」
「任せておいてよ」

 クリン、クランがそれぞれ承諾すると、ジェシカは顎に手をやった。

「第一には私が行くとして、第二に行く人間がいないな」
「そっか、もう人数おらへんもんなぁ。せや! クリン先生、クラン先生」

 カーエスが何か思い付いたのか、クリンとクランに話し掛けた。

「何だい?」
「先生達、もう二人ずつくらいに分裂出来ません?」
「カーエス君……君、そこはかとなく僕達を馬鹿にしてない……?」

 カーエスの突飛な提案にクリンとクランが珍しく柔和な顔を歪めた。
 そこで、先ほど報告をしに来たカンファータ兵が口を挟んだ。

「第二決闘場の戦力ならば心配いりません」
「どういう意味だ?」
「第二にはデュラス=アーサーを初めとするファトルエル勢の戦力がついております」
「了解した」

 ジェシカは一つ頷くと、今度は後ろに控えている魔導騎士団員達に向き直った。

「お前達は、兵力を五等分、彼らについてそれぞれの決闘場に赴き、そこに避難しているファトルエルの民を死守するのだ」

 魔導騎士団員達は一糸乱れぬ様子で敬礼すると、早速人数を等分にした列を五つ作り、カーエス達の後ろについた。
「では第一決闘場に赴く者はついて参れ」と、ジェシカは第一決闘場への道を走り出し、列の一つがその後について行く。

「よっしゃ、俺らも行こか」

 すぐそこに見える大決闘場に向かって走るカーエスとフィラレスの後をもう一列がついて行く。
 同じようにクリンとクランにもそれぞれ一列ずつついて行った。
 残ったのはあのカンファータ兵と一列の魔導騎士団である。
 しばらくその面々を眺めるとカンファータ兵は言った。

「……じゃ、第二決闘場には自分が案内しましょうか」


   *****************************


 大決闘場に向かったカーエスはその戦況を見て目を丸くした。

「な、何でこんなにクリーチャーいてんねん!?」

 確かにあの大乱戦で幾らかクリーチャーを漏らした覚えはあるし、その数は定かではない。
 しかしどう考えても目の前にいるクリーチャーの数はおかしかった。
 流石に北門と同じくらいとまでは行かなかったが軽く数えて数十体はいるだろう。

 ふと隣にいたフィラレスに視線を移したカーエスは彼女がずっと上空を仰いでいた事に気がついた。
 カーエスも上空に目をやる。

 上空には羽や翼を持った、飛行可能なクリーチャー達が飛んでいた。
 と、そのうちの一体に下から放たれた光線に撃たれた。下では魔導光線銃を構えたカンファータ兵がいる。
 すると、そのクリーチャーがそのカンファータ兵に向かって落下して来た。そこを他のカンファータ兵が一斉にそのクリーチャーに集中放火を浴びせ、やっと一体のクリーチャーを仕留める。

(そうか、ああやって上空から決闘場内に入らんようにしとるんやな)

 カンファータ兵達の方針が分かったカーエスは次に撃ち落とされて来たクリーチャーを《鷲掴む炎》で一瞬にして葬る。
 突然の飛び入りに目を丸くしたカンファータ兵にカーエスは言った。

「ほれほれ、早よ次撃ち落としぃな」

 催促され、カンファータ兵達は上に向かって魔導光線銃を構えた。
 そして引き金を引くと銃口から魔力の光線が発射される。
 今度は三体同時に落ちて来た。

「燃え立ち上がれ……」

 それぞれの落下予測地点に赤い円が描かれる。

「《火柱》!」

 落ちて来た三体が地面に触れる直前にカーエスは魔法を完成させた。
 三つの赤い魔法陣から同時に火柱が上がった。三体はそれぞれ断末魔の声をあげて息絶える。
 カーエスはそれを満足げに見届けると後ろに並んでいたカンファータ兵達に向かって言った。

「よっしゃ、ここは俺一人に任せてええから、あんたらは西、東、南に別れて頼むわ」

 そのカーエスの指示に騎士団員達は「はっ」と返事をして、きびきびと行動を開始する。
 それを見届けた後、カーエスはフィラレスが大決闘場を見つめているのに気がついた。

(リクの奴、……大丈夫かいな?)


   *****************************


 大決闘場の観客席からは割れんばかりの歓声が上がっていた。
 はじめ、ここに来た彼らは目を疑った。
 大災厄が起こった後、カンファータ兵の誘導でここに来てみれば、五年に一度しか使われない大決闘場のバトルフィールドで闘っている者達がいたのだから。
 しかもその闘っている者達というのが、夜が明けた後に闘う予定だったはずの決勝に残った二人、リク=エールとジルヴァルト=ベルセイクであったのだから。

 だがそんな疑問はすぐに飛んでいってしまった。
 不安に支配されたまま大災厄の夜を過ごすより、観戦して不安など忘れ去ってしまった方が遥かにいいからだ。
 事実、みんな下を向いているお陰で上空に時々見られるクリーチャー達に気が付き、騒ぎ立てる者も出ない。

「我は放つ、射られし者を炎に包む《炎の矢》を!」

 胸の前に構えたてから炎が生まれ、弓矢の形を成す。
 リクはそれを引き絞って放った。
 《炎の矢》は真直ぐにジルヴァルトに向かって飛んで行く。
 しかしジルヴァルトはそれに眉一つ動かさない。

「空間よ、捻れよ。離れしところを《歪みの穴》もて結び繋げ」

 ジルヴァルトの正面に光が丸く円を描く。
 その円の中にリクの放った《炎の矢》が飛び込んだ。
 するとリクの正面にも円が描かれ、どういう訳かあちらの円に飛び込んだ《炎の矢》がいきなり現れたではないか。

「うわっ……!?」

 リクは驚いて尻餅をついた。
 その頭上を《炎の矢》が通過する。
 が、息をつく暇もなく転倒している彼の周りの砂が動く。

「汝、《砂の戒め》によりて縛られよ」

 次の瞬間、砂がリクに覆い被さるように跳ね上がる。
 ほぼ反射的にリクは《飛躍》を唱え、空に逃れた。彼はそのままジルヴァルトの頭上まで飛び、彼に向かって落下し始めた時、リクは次の攻撃に入った。

「この場に在るもの縛るは《更なる重力》!」

 ジルヴァルトの足元に黒い円が描かれる。そして彼と、その頭上にいるリク自身にかかる重力が大きくなる。
 当然、リクの落下速度も大きくなる。
 リクはにやりと笑って両腕を振りかぶり、更に唱えた。

「我は叩かん、衝撃が凍結を生む《氷の鎚》にて!」

 冷気が彼の振りかぶった腕に集まり、鎚の形を形成する。
 リクはその鎚を勢い良く振り降ろす。
 増した落下速度もその威力を多分に相乗しているはずだ。
 得意げなリクの笑顔に、ジルヴァルトは冷たい眼差しを向けた。その眼差しには強い失望が感じられる。

「結局その程度か……」

 そう呟くと自分に向かって振り降ろされた《氷の鎚》に向かって右手を伸ばした。まさか、ただ受けようとしているのか、いやそんなはずはない。
 ジルヴァルトは《氷の鎚》を受け止めた瞬間、その魔法の詠唱を始めた。

「衝撃は我が右手より左手に」

 そして左手を落ちて来たリクの腹に当て、魔法を完成させる。

「《衝撃の伝導》」

 そのジルヴァルトの左手は添えられた程度だった。
 しかし、触れられた瞬間にジルヴァルトの右手が受けたものを、左手を介してリクの腹部に伝えられた衝撃は尋常なものではなかった。
 一瞬にして、体中の空気が強制的に吐き出され、元いた場所まで吹き飛ばされる。
 しかしそれだけでは済まなかった。

「なっ……!?」

 落下した途端、地面が凹み、リクの身体がめり込んだ。
 フィラレスにも使った《地への帰依》だ。
 さらにジルヴァルトは二度目の《砂の戒め》を唱え、リクの身体の自由を奪う。

(それでも口は動く!)

 そう思い、リクは呪文を詠唱せんと口を開いた。
 しかし、リクは声を出す事はしなかった。
 声自体は出る。が、出しても無意味である事に気がついたからだ。

(魔力が動かせない……!?)

 魔力を動かせない。それは魔導を行う事が出来ないことであり、即ち魔法が使用出来ない事に繋がる。
 そんなリクの元には影が差していた。ジルヴァルトから伸びて来た《魔縛りの影》だ。
 頼みの魔力まで封じられ、魔法を使う順序は違えど完全にフィラレスの時と同じ状態になる。あとは《地への帰依》の効果で地面の下に引き摺り込まれるだけだ。
 もはや彼に打てる手はなかった。

「くっ……!」

 何も出来なくなったリクは悔しさに顔を歪ませた。
 実際にこうしてまともな形で闘うのは初めてだ。
 シノンをあっという間に倒したのを見て逃げ出した時はまだ勝てる可能性を感じていたのだが、これほど厚い壁だったとは。
 何度か攻撃を仕掛けたがことごとく防がれ、返されてしまった。
 それに、なによりも……

(アイツ……あそこから一歩も動いてねぇ……)

 圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた気分だった。
 実際、勝つ為に必要な行動は全て封じられ、リクの負けはほぼ確定している。そう、あっという間に。

「興醒めだな……」

 リクの身体が腰まで地面に埋まってしまった時、ジルヴァルトが突然口を開いた。

「何?」
「短期間でここまで変われた男は初めてだから闘ってみたものの、結局お前は俺の期待に応えられなかった」
「お前の期待……だと?」
「そうだ。強い人間と闘う事……それが俺の望み。せっかくこのファトルエルまでやって来たのに誰一人として俺を満足させる事は出来なかった……。そしてお前が最後の期待だった。だが見事に裏切ってくれた」

 本当に失望したのだろう。ジルヴァルトのリクを見る目は見るものを本当に凍り付かせかねないくらいの冷たさを感じる。
 これはリクが初めて感じたジルヴァルトの感情だった。
 いや、今思えば大災厄と闘いに行くのを遮ってまでリクと闘うことを望んだ時こそ彼が初めて見せた感情だったのかもしれない。

「なあ、何であんたは強い奴と闘いたがるんだ?」
「俺は冥土の土産を与えるような無駄な真似はしない」と、ジルヴァルトはにべもない。
 しかし、それを聞いたリクは笑っていた。
 その表情を見てジルヴァルトは眉間に皺を寄せる。

「死ぬのがそんなに嬉しいのか?」
「いいや、死ぬのは嫌だ」

 胸まで埋まったリクは首を振って答えた。

「ならば何故笑う?」
「まだ死んでないからじゃねーかな? お前は俺がもう死んだものだと思い込んでるらしい。ま、それは間違いじゃない。絶体絶命、打つ手無し。死んだも同然なのは認めるが、俺はまだこうして呼吸をして生きている」

 まだ彼には無邪気なようで不敵な笑顔が浮かんでいる。
 ジルヴァルトの眉間に刻まれた皺が消えた。
 同時にリクが地中に沈む速度が格段に上がる。

「お、ジルヴァルト君はおふざけは嫌いかな?」と、リクは尋ねた。落ち着いた声の割に、既に地上に出ているのは首だけだ。
 ジルヴァルトは答えない。黙って彼を見ているだけだ。
 答えをまっているうちに口が埋まってしまったので答えの催促も出来なくなり、彼は完全に地中に沈みきってしまった。

 ジルヴァルトは黙ってリクが沈んで行った地点を見つめている。
 観客達の視線もその一点に注がれていた。
 時間が経つにつれ、観客席のざわめきが収まって行き、やがて時が止まったかのように静かになった。

 その静寂を破ったのはそこに視線を注ぐ誰でもなかった。

 ジルヴァルトが突然視線を自らの足元に移す。
 そして彼がその地面の盛り上がりに気付いた時には既に遅かった。

「……っ!」

 地面から何かが飛び出し、下からジルヴァルトの顎に強烈な一撃を見舞う。
 かなりきつい一発だったはずだが、彼は何とか踏み止まり、口の中の血を味わいながら、自分に一撃喰らわせたものの正体を見極める。

 紛れもなく、地中に引きずり込まれたはずのリク=エールだった。
 砂塗れの身体で、《鋼鉄の拳》で鉄に変えた右手を掲げるように振り上げている。この拳が先ほどジルヴァルトの顎を捉えたのだろう。
 リクは脇に添えられていた左手をジルヴァルトの方に向ける。

「我は突かん、槍穂に裁きを宿す《雷の槍》にて!」
「我見たり、汝が《魔力の乱れ》」

 彼の左手にその形を形成しつつあった《雷の槍》が弾けるように消える。
「流石に、二発目は無理か」と、呟き、リクは攻撃を止め、改めてジルヴァルトと向き合った。

「どうやって、あの状態から脱した?」
「沈む前にひょっとしたら、とは考えてた。あの影と《砂の戒め》は地面の下には効果が及ばない。後は《地潜り》であんたの真下に移動。《鋼鉄の拳》で拳を鋼鉄に変え、最後に《打ち上げ》でアッパーカット……お分かり?」

 《魔縛りの影》はその影の上にある魔力を封じる。裏を返すと、影の下に居れば魔力は使えるのである。
 だが勿論地中では呪文の詠唱が出来ない。
 前に述べた通り、呪文の詠唱は魔導を行いやすくする補助的な行為に過ぎないので詠唱無しでも魔法は一応使用可能である。
 しかし呪文無しの魔法発動は数倍からの余計な時間が掛かり、おまけに不安定なので成功しにくい。
 それをこの短時間で三つも発動させるという事は、それを行った者、即ちリクの魔導制御力が極めて高い事を意味していた。

(しかし合点が行かない)

 ジルヴァルトは心の中でそう呟いた。
 ここまで魔力を正確に扱えるのなら何故、レベル5以上の魔法を使わないのか。
 リクのよく使う《炎の矢》《氷の鎚》《雷の槍》などは全てレベル4であり、その他の魔法にもそれ以上レベルの高いものはない。

 使えないのか、使わないのか。
 どちらにしろ、何か訳でもあるのか。

 それらの疑問を氷解させる為にジルヴァルトの頭脳にはある策が浮かんでいた。

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